長い黒髪の光と影

もうすぐ夏である。怪談の季節である。長い黒髪の女が怖いのである。

 

古くから日本における怖い女といえば長髪の黒髪というのが相場で決まっているらしい。お岩さんに始まり、都市伝説の口裂け女、現代のホラーシンボルである貞子や伽耶子、そして漫画などに登場するストーカーやサイコな女も長髪黒髪のことが多い。

セクシーな女性やかっこいい女性像というのは時代によって変化してきた。なぜ怖い女だけは一貫したイメージが形作られているのだろうか。

 

まず、長髪の黒髪それ自体に悪いイメージはない。それどころか、少々ステレオタイプかもしれないが清純・清楚という好印象を持っている人も多い。肩下で綺麗に切り揃えられ、光を反射させる瑞々しい髪の毛は男心をくすぐるだろう。それが何故か見方を変えると恐怖心を引きずり起こすアイテムへと変様してしまう。

 

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と思い巡らせていると、ふと「髪は女の命」という言葉が浮かんだ。そして、女性特有の習慣を思い出す。

 

失恋後に髪をバッサリと切るという習慣だ。それは単なる気分転換の一種ではなく、自分の命と同等に大切なものを切り捨てることで、同時に彼に対して抱いていた不満や小言、思い出なども切り捨てているのではないだろうか。髪を切ることで文字通り過去を断ち切る姿からは未来に向かって歩み始める女性の強さと前向きさがうかがえる。

 

そして、ホラーものに出てくる女の髪はまさにそれと正反対の姿を映し出している。命ほどに大切なものの手入れを放棄し無差別に毛先が散らかった長い髪は、過去に囚われたまま怨念を抱き現世を彷徨う負の感情の象徴として僕に働きかけてくる。ストーカーは報われない歪んだ一途な愛情をその長い髪の毛に託しているのかもしれない。

 

テレビから這い出してきた貞子に塩を撒いても十字架を見せても効果がなさそうだが、髪の毛をハサミでばつんと切ったら意外と簡単に消えてしまうのではないか。そんなイメージが僕の中にある。

 

ここまで書いて小休止と床に目をやると40cmほどの髪の毛が2本落ちていた。

僕の髪ではない。女性を部屋に呼んだ覚えもない。誰の髪の毛だろう。